中国が恐れる一人の囚人
2010 , 12月 04 日 土曜日2010年10月8日、ノーベル賞委員会は、劉暁波(リウ・シアオ・ポー)氏(54)にノーベル平和賞を授与すると発表した。
劉暁波(リウ・シアオ・ポー)氏(54)は、中国の作家で詩人。人権活動家でもあり、幾たびも逮捕されながら民主化を求め続けている知識人として知られている。
2008年12月、中国共産党の一党独裁の廃止と民主化を呼びかけた「08憲章」の発表直前に当局により逮捕され、今年2月に、国家政権転覆扇動罪で11年,政治的権利剥奪2年の実刑判決が下り、現在は遼寧省錦州市の刑務所にいる。
中国政府は、最近毎年のように中国の人権活動家がノーベル平和賞の候補として取りざたされることに神経をとがらせ、この夏には、オスロの中国大使館で中国の傅瑩外務次官が「中国は、反体制派への授賞を非友好的な行為とみなし、ノルウェーと中国の関係が悪化する」とノーベル研究所の所長ルンデスタッド氏に圧力をかけている。さらに、9月末には、外務省の姜瑜副報道局長が「劉暁波は中国の法律を犯し、刑罰を科された人物だ」とわざわざ会見で強く牽制を行うほどだった。
だが、ノーベル委員会は「中国は世界第2位の経済大国になったが、その新しい地位には増大する責任が伴わなければならない」と指摘。劉氏の受賞の理由として「20年以上にわたり、中国での基本的人権を求める幅広い闘いの最大のスポークスマンとなってきた」と評価するとともに、中国政府の姿勢を「中国の憲法には言論、報道、集会、結社、デモなどの自由が定められているにもかかわらず、国民の権利が極めて限定されている」と批判し、劉暁波氏に平和賞を授与すると発表した。
中国政府はすぐさま、中国各地で受賞者発表の様子を生中継していた米CNN、英BBCなどを遮断する。いきなり画面はまっくらになり、別のニュースに変わるまで画面に何も流れなくなった。受賞を伝えるNHKなどの国外のテレビの関連ニュース番組も次々放映を遮断された。
それまで連日、ノーベル賞関連ニュースを報じてきた中国中央電視台CCTVや新華社通信など国営メディアは一斉に沈黙する。政府の対策が決まるまで何も報じない姿勢だ。
中国政府は受賞が決まった8日夜に動き出す。
外務省の馬朝旭報道局長が、「劉暁波は中国の法律を犯し、中国の司法機関が懲役刑を科した罪人である。このような人物にノーベル平和賞を与えることは、賞の目的に背き、これを汚すものだ」と強く反発する談話を発表。ついで「中国とノルウェーとの関係も損なわれることになる」と同委員会のあるノルウェーへの対抗措置を示唆し恫喝を加えた。さらに、中国政府はノルウェーの駐北京中国大使を呼び出して抗議を伝えるとともに、中国の駐オスロ大使もノルウェー外務省に「不同意と抗議」を申し入れた。
翌日の中国共産党機関紙の人民日報は、「平和賞の冒涜だ」との見出しで平和賞受賞を報じた。傘下の国際時事情報紙の環球時報は、「ノーベル賞の選定者は中国の平和や団結を望んでいない。『反体制派』である劉氏に平和賞を授与することは、欧米諸国が中国の国家発展を受け入れらず、中国の拡大する富と力に対する欧米諸国の偏見と恐怖を象徴している。劉氏がいう民主化が実現すれば、中国社会は無尽の紛争に陥り、旧ソ連やユーゴスラビアと同じように分裂し、国家は崩壊するだろう」という内容の社説を掲載した。
香港紙「大公報」は、劉氏の受賞を「ブラックユーモア」だと、ノーベル平和賞の授与を非難した。「大公報」は「中秋節で募る肉親への思い」とのタイトルで「このまま夫が帰ってこないのなら死をもって抗議する」とする尖閣諸島の衝突船船長の妻の声を伝えた中国政府系の香港紙だ。
その後も当局は報道規制をゆるめず、国外テレビの受賞関連ニュースの放映は中断を続ける。「中国各紙も歩調を合わせ、受賞に反発する中国外務省の談話を伝える国営新華社通信の配信記事を一斉に報じた」と日本のメディアは伝えたが、ほとんどの地方紙では新華社の批判談話の再掲載も含め、受賞関連の記事は掲載されなかった。劉暁波の名前が露出し、知名度が上がることを抑える意図があった。
地方紙が中国当局の意向に従う背景の一つに、3月に山西省で、予防ワクチン接種での死亡事故にからみ、中央政府・衛生部の関連企業としてワクチン供給を始めた政府関係者の利権がらみの不正をスクープした全国紙・中国経済時報の社長兼編集長が解任された事件がある。
中国経済時報は中国政府のシンクタンクである国務院発展研究センターが主管する新聞だ。この中国経済時報のスクープに対し山西省当局は掲載当日に記事を否定。さらに山関係者にこの件の取材に応じる事を禁止した。新華社も同日付けで山西省衛生庁疾病抑制局長の中国経済時報の記事への反論を配信した。
その後も中国経済時報は情報提供者への脅迫などの続報を出し、他の新聞も追従した。最終的に山西省当局は調査を行なうことにしたが、結局簡単な会見で幕引きが図られ、中国経済時報の社長兼編集長の包月陽氏は解任。国務院発展研究センターが主管する発展出版社の社長に異動となった。
続く