尖閣上陸で中国が反日デモを打てない理由
2010 , 12月 13 日 月曜日石垣市議2名が12月10日午前9時頃、固定資産税調査の目的で尖閣諸島の南小島に上陸し、約40分滞在。居住跡やかつお節工場跡などを視察した。
2人の市議は11日、かつて住民らが作った石垣や住居、灯台などを撮影した写真250枚以上を中山義隆市長に渡し同島の様子の報告を行った。上陸した市議は、「10月に政府に上陸許可を求めたが回答がなく、やる気がないと考えた」と話した。
石垣市議会は10月20日に「尖閣諸島を行政区として預かる石垣市と石垣市議会が尖閣諸島の自然環境、生態系の現状や、荒天時における漁船の避難港整備に向けて上陸視察し、適切な施策を講じることが必要不可欠」とした尖閣諸島上陸視察決議案を全会一致で可決していた。同諸島は国が民有地を所有者から借り上げて上陸を禁止している。
この上陸に対して、11日未明、中国外務省の姜瑜報道官(副報道局長)は、「釣魚島とその付属の島は古来から中国の領土であり、日本の地方議員の行為は中国の領土と主権を著しく侵犯したものである。日本政府に厳正な申し入れを行い、強く抗議した」と尖閣諸島への上陸についての談話を発表。人民日報傘下の国際時事情報紙の環球時報のウェブサイト環球網、中国関連ニュースを海外メディア向けに配信する国営中国新聞社(広島の中国新聞社とは無関係)傘下の中国新聞網などが日本の報道を受け速報した。中国のインターネット上には「日本側に報復措置をとるべきだ」「中国の勇士も上陸すべきだ」などの意見が書き込まれた。
中国政府の動きとして、政府系の新聞社のサイトのみが、それも日本の報道を受けて報じたといわれていることが興味深い。国務院直属の新華社は、尖閣諸島への上陸記事をとりあげておらず、新華社からの配信を指示される国内メディアもこの件を伝えていないようである。
インターネット上でも「釣魚島事件」の検索結果152,000件以上に比べ、「釣魚島上陸」は3,900件ほどで、ほとんど盛り上がっていない。
今回の事件は、9月7日の漁船衝突事件のときとは中国側の反応が大きく異なる。中国の事情を明らかにするため、先の事件の経過をひろいだす。
- 9月7日、中国の宋濤外務次官は外務省に丹羽宇一郎駐中国大使を呼び、「(漁船への)違法な妨害活動」をやめるよう要求。
中国外務省の姜瑜報道官(副報道局長)が記者会見で「釣魚島と付属の島は中国領土であり、日本の巡視船が付近の海域で、中国の船舶や人員に危険を及ぼす行為をしてはならない」と要求。 - 9月8日、中国外務省の胡正躍次官補(アジア担当)が、丹羽駐中国大使を呼び強く抗議、石垣海上保安部が連行した船長らを直ちに解放して船舶の安全を確保するよう要求。同じ内容を新華社電が伝える。
- 9月8日付の中国各紙、新京報、北京青年報や、北京晨報などが1面トップで事件を伝える。各紙とも国営通信、新華社配信の記事とほぼ同様の内容で、海保の巡視船が漁船にぶつかってきたとして中国外務省が日本側に抗議したことに全面に出す。
反日団体「中国民間保釣連合会」が北京の日本大使館前で計画した抗議活動が8日に認められる。(8月15日の抗議活動は許可が下りず断念) - 9月8日、中国人船長の逮捕に抗議し反日民間団体のメンバーら40人ほどが、北京の日本大使館前で、国旗を振り国歌を歌うなどし、集まった報道関係者に日本を批判する演説を行い、船長の釈放などを求め抗議文を大使館のポストに入れた。
現場付近は早朝から武装警察官が警戒し、内外の報道関係者のための取材用エリアが設置された。 - 9月9日の定例記者会見で中国外務省の姜瑜報道官が、中国が同諸島海域に向けて「漁業監視船」を派遣したと発表。
- 9月10日午前、楊外相が丹羽駐中国大使を外務省に呼び、日本の対応に抗議した。(3度目)
- 9月12日未明、外交担当の戴秉国国務委員(副首相級)が、丹羽駐中国大使を緊急に呼び出し、乗組員と漁船の即時返還を求めて抗議。副首相級の直接抗議は異例。週末の早朝の呼び出しは外交上異例。中国側が「重大な関心と厳正な立場」を表明したと中国外務省がわざわざ発表。
- 9月中旬、胡政権内部の対日工作会議を開催。事件の長期化に備え、経済、軍事、外交の各方面での報復措置を検討。
中国人観光客で潤う日本経済に打撃を与えるため、旅行社による訪日ツアーの自粛、国家観光局による訪日渡航自粛勧告なども検討。 - 9月18日、満州事変の引き金となった柳条湖事件の79周年で北京をはじめ各地で抗議デモ。
- 9月19日夜、日中間の閣僚級以上の交流の停止などの措置をとったと発表。
- 9月20日、王光亜筆頭外務次官が中国人船長の勾留延長に対し、丹羽駐中国大使との電話会談で「日本側がすぐに船長を釈放しなければ、中国側は強烈な対抗措置をとる」と抗議。
- 9月22日、政府の観光当局が旅行業界関係に、訪日旅行の募集や宣伝を自粛するよう要請があったことを発表。
- 9月23日、温家首相が、国連総会の一般演説で「友好を重んじるとともに原則にもこだわる」とし、台湾やチベット、南シナ海などの「核心的利益」は「断固として守る」「屈服も妥協もしない」と表明。
- 9月23日、レアアース(希土類)の日本への出荷をすべて停止。中国商務省の報道担当者は否定。
- 9月25日、中国外務省が「声明」をだし、釈放された中国漁船船長の逮捕・勾留にたいし「謝罪と賠償」を強く要求。
- 9月25日夜、日本外務省の「謝罪と賠償」拒否に対し、姜瑜報道官が「謝罪と賠償を求める権利は当然ある」と日本側に再反論する談話を発表。
- 9月25日付で環球時報が「日本側の主張は、あからさまな強盗の論理でめちゃくちゃだ。中国政府が受け入れられるわけがない」と掲載。
- 10月15日、中長期の重要方針を話し合う中国共産党の第17期中央委員会第5回総会(5中全会)を開催。18日まで。
- 10月16日、都内で民間団体の「頑張れ日本!全国行動委員会」など約2800人が反中集会を開いた後、「尖閣は日本の領土」などと叫びながら2キロほどを歩いて中国大使館を訪問。読み上げた抗議文を大使館のポストに入れた。
- 10月16日、四川省成都、陝西省西安、河南省鄭州などで中国漁船衝突事件に抗議する大規模な反日デモが発生。
成都では2000人以上が集まり「釣魚島は中国のものだ」「日本製品はボイコットしよう」などとスローガンを叫び、イトーヨーカドー春熙店に石やレンガを投げ、窓ガラス2枚を割りシャッターを壊し、ヨーカドー周辺の複数の日本料理店も襲撃。
西安では学生ら7000人が日の丸を燃やしたり、スポーツ用品のミズノの現地店に乱入。鄭州では学生らが「釣魚島を守れ」などと声を上げ、日本料理店の窓ガラスを割るなどした。
国営新華社通信は、各地の反日デモを英語版でのみ報じる。 - 10月17日、外務省の馬朝旭報道局長が、「合法的、理性的に愛国の熱情を表現すべきで、理性を欠いた違法な行為には賛成しない」と呼びかける談話を発表。
- 10月17日付の中国系香港紙文匯報は、成都でのデモは各大学の共産党や政府の指導下にある学生会が1カ月前から準備を進めてきたと報じた。
- 10月17日、四川省綿陽市で参加者1万人以上の反日デモが起き、「日本製品ボイコット」などと叫びながらデモ行進、日本料理店やパナソニックの販売店などに投石し店舗のガラスを割り、路上の日系メーカーの乗用車のガラスを割った。
- 10月18日、湖北省武漢市で「日本製品の不買」などを叫び魯巷広場を中心に2千人規模の抗議デモが行われる。
- 10月19日、中国外務省の馬朝旭報道局長が定例記者会見で、「非理性的な違法行為には賛成しない」と中国各地で相次いでいる反日デモについて述べた。デモに関する中国外務省の記者会見は初めて。
- 10月19日、青海省黄南チベット族自治州で、中国語教育に反発するチベット族学校の高校生らが抗議デモそ行った。
- 10月20日、中国共産党宣伝部が、日本に関連する報道や記者の行動につきさらに強化した報道規制を通達。
反日デモについては独自報道は禁止。
反日デモは(1)報道しない(2)取材しない(3)参加しない。
国内の反日デモ、日本の反中デモは、1面など目立つ場所の掲載禁止。
日本の右翼勢力については中国外務省の見解に基づき報道
以下は従来通り
日本絡みの政治、外交関連は、新華社の配信記事のみを使用。
社会、文化関連の記事に関しては地元の宣伝部に相談が必要。
経済、スポーツ分野のみ独自報道を許す。 - 10月22日、北京の中央民族大学で、チベット族の学生約400人が「民族言語の保護」を求める横断幕を掲げてデモを行う。
- 10月22日、四川省徳陽市、江蘇省南京市、甘粛省蘭州市、湖南省長沙市、陝西省宝鶏市、河南省開封市などで反日デモを呼びかけ。
- 10月23日、四川省徳陽市で約2時間にわたって市中心部で「日本を地球から追い出せ」日本製品をボイコットせよ」「小日本は釣魚島から出て行け」などと反日デモを行った。100人余りの若者で始めたデモが1000人規模に膨れあがった。
- 10月24日、陝西省宝鶏市で、数千人の工場労働者や会社員によってデモが行われた。「日本製品をボイコットしろ」「釣魚島をかえせ」のスローガンの中に、「腐敗官僚を倒せ」「住宅価格高騰に抗議」「多党制を推進せよ」などが混じった。「馬英九(台湾総統)、大陸はあなたを歓迎する」の横断幕も。
ツイッターには、「宝鶏の人々は勇ましい」「群衆は住宅価格高騰や貧富の格差拡大に抗議した。反日が反党に華麗に変身した」「宝鶏のデモは事態がまさに変わり始めたことを証明した」など、政権批判がでた宝鶏のデモについて礼賛が相次いだ。 - 10月26日、重慶市(直轄市)で、市内の公園に集まった若者ら約200人が「日本製品ボイコット」などを叫びながらデモをはじめ数千人のデモになった。
- 10月26日、国営新華社通信が深夜、重慶市の反日デモについて「周囲の群衆を含めて数千人規模に膨れ上がった」と英語版のみで報道。
- 10月26日、中国外務省の馬朝旭報道局長が定例会見で、反日デモにについて「日本側の誤った言動に義憤を示した」と理解を示してみせつつ、「理性を欠いた違法な行為には賛成しない」と自制を呼びかける。
- 10月30日、吉林省長春で大学生などの若者100人ほどが、反日デモを行った。南部や内陸部を中心に反日デモが起きたが、東北地方ではきわめて異例。中国東北部の拠点都市、瀋陽、ハルビン、大連などでも反日デモの呼びかけがある。
- 11月14日、湖南省長沙市で、デモ呼びかけの集合場所の百貨店周辺を早朝から警官約100人が警備。午後3時の集合時間にデモ参加のために現れた若者計約10人を私服警官が連行した。遼寧省丹東市でもインターネットで集合場所とされた鉄道駅周辺を警官が警戒しデモの発生を抑えた。
以上の流れをみると、当局が日本の反中デモに対し計画した反日デモは10月16日の四川省成都、陝西省西安、河南省鄭州だけであったことが容易に推測できる。
16日の反日デモのみで十分日本に圧力をかけることができると踏んだと思われるが、「暴徒化する」という予想外の事態が生じ当局が制御できなくなったことがうかがわれる。
第17期中央委員会第5回総会(5中全会)の開催中である。このようなデモが続けざまに発生すれば政府の面目が丸つぶれになるどころか、政権を揺るがす事態に発展する可能性もあった。
国営新華社通信は、それらの反日デモを国内には伝えず英語版でのみ報じ、翌日、外務省の馬朝旭報道局長が、「合法的、理性的に愛国の熱情を表現すべきで、理性を欠いた違法な行為には賛成しない」と呼びかける談話を発表するが、翌日の四川省綿陽市で参加者1万人以上の反日デモが起き、やはり暴徒化した。
中国はますます経済的に優位になり、ロシアも同様の道を進む。しかも双方とも政権の目標が長期的に継続している。
国力の差が外交力の優位となる。短命政権は国を危うくするが、その政権を生む国民の意識が情けない。
馬朝旭報道局長がさらに記者会見で反日デモを理解を示す様子を見せながら牽制する。
メディアの統制を一手に行う中国共産党宣伝部も、デモの報道の規制を強化をする通達をだしデモの波及を抑えようとした。
しかし、翌週再び反日デモが行われ、そこには、政府批判、党批判、さらには劉暁波氏を解放しろというプラカードまで現れた。
国営新華社通信は、16日に成都市、陝西省西安市、河南省鄭州市で同様のデモが起きたと伝えたが、暴徒化した綿陽市や政府批判が出た宝鶏市のデモに触れることはなかった。
デモが制御不能に至ったことは、馬朝旭報道局長の談話、記者会見からうかがえる。温家宝首相の談話、演説をも検閲する江沢民系の中国共産党宣伝部の報道規制の通達も、当局の驚愕と焦りを浮かびあがらせている。
劉暁波氏のノーベル平和賞授賞式に対しても、中国政府は反射的、場当たり的で計画性が見えない対応をした。切らなくてよいカードを先に切り、他国が中国政府と対峙するときに役立つ情報を与えてしまった。中国の崩壊要因は、64天安門と貧富の格差、官僚の腐敗に、江沢民が進めた愛国教育が加わった。人々の思考は元来自由であり、強制や教育によって変えることができないことは歴史が証明している。江沢民派の習近平がどのような政治姿勢をとるか、日本がこの情報をどう使うかさらに考えたい。